京都にある島原

秀吉の時代、公に許された花街が島原です

島原大門1505
島原に残る数少ない遺構のひとつである島原大門です

開かれた当初の二条柳馬場から六条三筋町、そして現在の地へと移転しています
その移転が島原の乱の騒動に似ていたことから島原と呼ぶようになったらしい
正式には西新屋敷といいます
幕末の歴史に名を残す人物も訪れた揚屋・角屋が今も残っています

花街の入り口に建つ立派な島原大門はお寺の門に見間違えます


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motoyuki majima

Author:motoyuki majima
真島元之/真島元之建築設計事務所
京都市生まれ
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